夏の天の川 南の水平線よりさそりの尾のあたりから立ち上る

 

8月9月の観望会は、チラシのようになります。日程表はこちらを参考にしてください。 
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夏の天の川、織姫星、彦星、はくちょう座、さそり座、など、夏ならではの空の主役たちを語ると
き、どうしても拘りたくなるものがある。それは、宮沢賢治の書いた「銀河鉄道の夜」。

ただでさえ、星空はロマンを感じさせる世界です。そこへ、この物語「銀河鉄道の夜」の辛く切なく
哀しい世界が重なり合い、私は、天の川を見渡せるような夜には、目の前の夜空はまるであのジョバ
ンニが登場する幻想の世界に感じられ、自分も銀河鉄道を旅しているような錯覚を覚えるのです。こ
の物語のバックグラウンドが星空の世界をさらに重層的に切ない世界へと導いていきます。

この銀河鉄道の夜には、夏の夜空の主役たちを題材としたエピソードがたくさん登場します。

はくちょうの停車場(はくちょう座)、鷲の停車場(わし座)、アルビレオ観測所、ふたごのお星さ
まのお宮(さそり座のしっぽの二つの星)、蠍の赤い火(さそり座のアンタレス)、サザンクロス駅
(南十字座)、石炭袋(暗黒星雲)などなど。このお話の一つのテーマ(自己犠牲と本当のさいわい
(幸)とは何か?)をモチーフとし、重点の置かれているのは、さそりの告白部分かもしれません。
が、今回は、アルビレオ観測所のくだりの元となった「アルビレオ」という美しい二重星について語
りたいと思います。

さて、ご存じない方もいらっしゃると思うので、一応触れておくと、「銀河鉄道の夜」は宮澤賢治
(1896-1933)の書いた童話作品。
孤独な少年ジョバンニが友人カルパネルラと銀河鉄道の旅へ向かうお話で、宮沢賢治の代表作の一
つ。一見、アドベンチャーワールドのようにも聞こえるが、中身は相当に切ないお話となっていて、
少年が問いかける「本当のさいわい(幸)」を求めつつ、銀河鉄道の旅に登場する様々な人間の悲し
さ、寂しさを描いています。

なお、この銀河鉄道の夜の概要やストーリーについては、ちょうど2年前の2024年8月の当HP
のブログに書いているので、そちらを参照されたい。

さて、アルビレオである。白鳥座の白鳥の嘴に位置する3等星。星座の中でそれぞれの星は、およそ
明るい星からα、β、γといった具合にギリシャ文字のアルファベットがあてがわれる。一等星のデ
ネブがこのはくちょう座のα星であることは当然として、次なる2等星たちを差し置いて、なんとこ
の3等星のアルビレオが、はくちょう座のβ星の座に位置しているのです。これは、アルビレオが北
天一美しい二重星と言われている、いわゆるメジャーな星だからでしょうか? アルビレオは、オレ
ンジ色の主星と青色の伴星の色の対比が美しいと、賢治は、トパーズとサファイヤと表現しました。

夏の大三角を形づくる こと座 わし座
白鳥座 白鳥の嘴にあたるβ星アルビレオ
Stella Navigator にて

 

はくちょう座  β星 アルビレオ         Credit:国立天文台

                                        

このアルビレオ。長らく、連星なのか、単なる二重星かはっきりせず、論戦となってきた星なのです。

まずは、二重星と連星の言葉の定義を確認しましょう。

二重星とは、読んで字のごとく、望遠鏡を覗いた時に二つの星が寄り添って(接近して)存在してい
星のことです。二重星どころか三重、四重となっている場合もあり、総称して多重星と呼ばれたりし
ます。星は、このように寄り添う(接近して見える)ことはよくあります。そして、この二重星の寄
り添う二つの星が、みかけの二重星か連星なのかと問題になります。

1。みかけの二重星:二つの星が単に地球からみて、存在する方向が同じであるもの。たまたま寄り
          添って見えるが、実は、奥行きとしては相当に遠く離れているもの。これを単
          なる二重星、見かけの二重星と呼んでいます。
2.連星     :寄り添っている二つの星が、宇宙空間において、方向だけでなく、お互いがお
          互いに重力の影響を及ぼしうる距離にあり、結果として、共通の重心の周りを
          それぞれが回転しているもの。それを連星といいます。つまり、ふたつ以上の
          恒星が互いの重力で引き合い、共通の重心の周りを軌道運動(公転)している
          恒星を連星といいます。

そして、この美しい二重星アルビレオが、果たして連星なのか?それとも見かけの二重星にすぎない
かは、長年論争されてきたことなのです。

まずはこの物語でアルビレオが登場してくるくだりについて触れておきましょう。

『白鳥区のおしまいに、アルビレオの観測所が立っている。あまの川のまん中に、黒い大きな建物が
棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、目も覚めるようなサファイヤとトパーズの大きな二つの
透き通った球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄色のがだんだん向こうへま
わって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな
緑いろの両面凸レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青い
のは、すっかりとぱーずの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環とができました。それ
がまただんだん横へ外れて、前のレンズの形を逆に繰り返し、とうとうすっとはなれて、サファイヤ
はむこうへめぐり、黄色のはこっちへ進み、また、丁度さっきのような風になりました。銀河の、か
たちもなく音もない水にかこまれて、本当にその黒い測候所が、眠っているように、静かによこたわ
たのです。「あれは、水の速さをはかる器械です。水も・・・」鳥捕りが云いかけたとき・・・』

という文庫本の半ページほどの短い文章であるが、なんと有名になったくだりでしょう。

そして、ここで、賢治は明らかに、お互いに影響をおよぼしあってくるくると回っている連星をイ
メージして記述したと思われます。いや、ここまで微に入り細に入り、連星のイメージを書き下ろし
たことには、賢治の中に、この二つの星が「互いに影響を及ぼし合って存在している」ことへの強い
憧れがあったと私は感じます。

さて、ここからは天文学的な話へ進みましょう。

連星かどうかを見極めるためには、次のような確認が必要です。
・太陽系からの距離
・天球面上での二つの星の運動方向や速度
・連星として軌道運動をしているか
これらを解明することは、従来の観測手法に置いてはそう簡単なことでもなかったのでしょう。
延々とこの論争はくりかえされてきたのだから。

しかし、精密に星の位置を測定する欧州宇宙機関(ESA)の位置天文衛星「GAIA」の観測により、こ
れらの論争に決着がつきました。
『アルビレオは見かけの二重星にすぎない。連星ではない。』

星までの距離の測定には、基本的には(あまり遠くない場合は)年周視差の考え方が使われます。年
周視差とは、地球が太陽の周りを公転しているために生じる、天球上の天体の位置が変化して見える
現象とその大きさの事で角度で表します。三角測量の考え方そのものです。
年周視差の測定から、この二つの星が60光年も離れていると求められましたが、アルビレオAは3等
星とかなり明るく、位置の測定誤差が比較的大きく、それを考慮すると、この60光年離れていると決
定的に結論付けることもできず、年周視差だけでは決めてとなりませんでした。

しかし、位置天文衛星GAIAからは、星の固有運動のデータもとることができ、この二つの星の固有運
動をから、ついに次のことが結論づけられました。

距離  主星(アルビレオA) 地球から約328光年
    伴星(アルビレオB) 地球から約389光年
とされ、これらの数値が正しければ、2つの星は60光年も離れていることになります。
そして、アルビレオAの固有運動は1年に、16.66ミリ秒角で移動方向は南南東。
アルビレオBは1.13ミリ秒角で、移動方向は西南西ということがわかったのです。
つまり、二つの星は、別々の方向に異なる速度で動いていることがわかりました。

そうなのです。
アルビレオは、見かけの二重星にすぎず、したがって、トパーズとサファイヤの二つの星が回り合っ
ていることはありません。単に、方向が同じで寄り添って見えていただけだったのです。
宮澤賢治には申し訳ないのですが、これが現在の天文学の行きついたところだったと言えるでしょう。

しかし、です。まだ話は続きます。
このアルビレオAとアルビレオB。はみかけの二重星ということとなりましたが、実は、アルビレオA
は、さらに、アルビレオAa と アルビレオAc の合体したものだったのです。
勿論、通常の望遠鏡ではこの二つの星を分解してみることは難しいでしょう。
科学的に、アルビレオAが二つの星から成っていると分かったという事です。
つまり、それぐらい近接した関係なので、これらは当然連星です。

そして、賢治への思いでこの事実を見つめると、このアルビレオAaがオレンジ色の主星で、アルビレ
オAcが仮にアルビレオBのような青い色だった場合、二つの星が合体したものはオレンジ色に見える
ことでしょう。

賢治は、きっと、その二つの星がお互いに影響を及ぼし合って、くるくると回っている姿をその心の
目でみていたのではないか?と私には思えるのです。

さて、「天の川」と「銀河鉄道の夜」。
今回は、アルビレオだけを取り上げましたが、物語には、さまざまな天体がエピソードとともに登場
します。ひとつひとつ、その星たちのお話を知ったうえで、この天の川を見上げるとその奥行は格段
に深いものになるでしょう。

8月、9月の澄みゆく夜風に吹かれながら、夏の天の川特有の、南の水平線から立ち上がる、微かだ
が柔らかく優しく存在する天の川に出会いにきませんか?
この伊良湖ホテル&リゾートの屋上にて、物語のページをめくるように夏の星星が、あなたを銀河鉄
道の夜の旅への誘ってくれるでしょう。

                                                                                                           K.H.

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